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光一さんのことやMAのこと、日々のことを書き連ねる爽の生存確認ブログ。
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 其処は、自分が最も忌むべき場所だった。
 市街の外れにある広大な敷地、森と見紛う程の緑の中に立つ武家屋敷の造りをした家。
 自分と自分の家族の人生を滅茶苦茶にした男の住まうその場所を松本は誰より嫌っていたが、今日の仕事の為に通らなければならなかった。
 鬱蒼とした木々は、日中に見ても恐怖を覚える程。
 きっと、翔君辺りは遠回りしてでも通らないだろうなあ。
 しっかりして見えて、意外と気の小さい同居人の一人を思い浮かべて、嫌な道の途中にひっそり笑う。
 何かで気を紛らわしていないと、感情のまま家の中へ踏み込んでしまいそうだった。
 自分の身の内にある狂気を押し留めてくれているのは、共に生活している仲間達の存在だ。
 早く、あの家に帰ろう。
 長く続く塀に沿って、足を速めた。

 前だけを見て進めば良かったのだと、後になって思うけれど。
 運命だった、としか言いようがない。
 白い壁が消えて、竹林がその代わりを務める場所に差し掛かった。
 呆れる程広大な土地に、松本は今まで人の姿を見た事がない。
 殺したいと願っている家主の姿は勿論、使用人や飼われているだろう動物の姿すらなかった。

 なのに。
 髪を巻き上げる強い風に誘われるまま、竹林の奥に目をやった。
 強い、強い風。
 運命を動かす力だったのかも知れない。

 松本の混血を表す深緑の瞳が、奥にいる人の姿を捉えた。
 全ての時間が止まる不思議な感覚。
 言葉では説明出来ない引力を分かってくれるのは、きっと相葉ちゃんだけだろうと思う。
 風の音すら、聴覚の外だった。
 自分の持つ感覚の全てが、その忌むべき土地の中にいる存在へ奪われる。
 半分開いた障子の前にある縁側に、体温を感じさせずに座る人。
 障子の奥は寝所なのか、纏う浴衣は乱れていた。
 裾に描かれた金魚の赤が、不吉な程に鮮やかで。
 足を組みその上に頬杖をついて、世界の全てを拒絶したような瞳は虚ろに地面を見詰めている。
 自分の足が縫い止められたように動かなくなっている事すら松本は気付かなかった。

 魅入られる。

 自分と同じ異国の血が混じっているのか、その髪は光に淡く透け浴衣から覗く肌も驚く程白かった。
 伏せられた瞳の色は見えない。
 この土地に相応しくない透明感だった。

 気が付けば、竹林を抜けて庭に足を踏み入れている。
 ゆっくりと近付いて行って、その人が男性である事に気付いた。
 造形の美しさは、性別等どうでも良いものにしてしまう。
 職人に大事に誂えられた精巧な人形だと思った。
 薄い身体には、まるで生命力がない。
 目の前まで来て、やっと彼の顔が上がった。
 不法侵入者に見せる感情の起伏は伺えない。
 空虚な瞳の色は、自分のものとは違い真っ黒だった。
 見詰められて、身動きが取れなくなる。

「あ、あの……」

 何を言うべきか悩んで、結局言葉は消えて行った。
 視線を逸らす事も出来ずに見詰め合っていると、顎を支えていた手がゆっくり伸ばされる。
 自分の足を指差され見てみると、仕事の時に付いたであろう傷から血が流れていた。
 殆ど固まってはいるが、見て気持ちの良いものではない。

「ああ、ごめん」

 反射的に謝って、彼の視線から血を隠そうとした。
 美しい相貌に禍々しいものを見せたくはない。
 隠そうとした自分の汚れた手を、真っ白な指先が遮った。
 桜色の爪を持った指先が、躊躇なく傷口に触れる。
 裸足のまま土を踏んで、松本の足元にしゃがんだ。
 傷を見て、一度立ち上がる。
 縁側の脇にあった桶から白い手拭いを取り出した。

「別に、大した傷じゃないから良いよ」

 なるべく優しい声で言った言葉に返る声はない。
 僅かに微笑んで、小さく首を振るだけだった。
 もう一度屈むと、濡れた手拭いで丁寧に血を拭われる。
 器用な手つきではなかった。

 いきなり目の前に現れた不審な男の血を言葉なく拭き取ろうとする人。
 どう考えてもまともな神経があるとは思えない。
 こんな奥まった場所で生活していると言う事は、この家できちんとした扱いを受けている筈だった。
 警戒心のない瞳、恐れを知らない指先、閉じられたままの口。
 不可解な存在だった。

 それなのに、知りたいと思う自分がいる。
 立ち上がって桶の中で手拭いを一度濯ぐと、今度はきつく絞って傷口に当てられた。
 両端をふくらはぎの所で結ばれて、出来たと合図するように膝を軽く叩く。

「ありがとう」

 素直に零れた感謝の言葉と共に、濡れた手を引いて立たせた。

「手……足も、汚れちゃったな。ごめん」

 謝れば、また同じように首を横に振る。
 その幼い仕種に惹かれてしまった。
 穏やかな微笑を内包した目尻に指先を伸ばす。

 誘惑だった。
 絶対的な引力。
 逆らう事すら思い付かない。
 拒絶がないのを良い事に、衝動のまま顔を近付けた。
 茶色い髪がさらりと流れる。
 瞳の奥が知りたい。
 浴衣に隠された肌の白を。
 誘発された欲望に逆らう術はなく、見下ろす位置に納まった人を抱き寄せて、触れるだけの口付けを落とす。
 あの同居人達とは当たり前のスキンシップだったが、普通の人は違うと言う事をちゃんと知っていた。

 知っていて止まらなかった。
 重ねた唇は少し乾いていて、おーちゃんのそれの方が気持ち良いと思う。
 でも、喰らい尽くしたい衝動が込み上げて来た。
 口付けが深くなる前に、濡れた指先が胸を押し返す。
 我に返って、抱き寄せた身体を離した。

「あ!あ…ごめ、ごめんなさい!」

 焦って彼の唇を拭おうとすれば、やんわり笑われた。
 伸ばした指先を丁寧に包まれて、平気と言うように首を振る。
 言葉の零れない渇いた唇。

「も、しかして…あんた、喋れないの」

 自分の口の悪いのは自覚しているけれど、もっと言葉があるだろうと反省した。
 しかし、彼は気にした風もなくにっこり笑う。
 それは、肯定の笑みだった。
 良く分かったね、と褒める母親のような。
 喋れない事を肯定するには、明る過ぎる。
 自分の言葉を理解していると言う事は、頭がおかしい訳でも障害がある訳でもないようだ。

「何も、喋れないの?」

 縦に振られる頭。

「困らない?」

 今度は横に振られた。

「…何で、此処にいるの?」

 戸惑って揺れた瞳に、感情の揺れを見る。
 空っぽの眼の奥にあるものが見たかった。
 何故、こんなに惹かれるのか。
 分からない。
 忌むべき場所、本来なら足を踏み入れるべきではなかった。

「……堂本の人間?」

 静かに問うた声に、一瞬迷った素振りを見せてから僅かに首を横に振る。
 奥まった部屋にいる、喋れない綺麗な人。
 一つの可能性に行き当たって、愕然とした。
 相変わらず言葉を選べない口は、馬鹿正直に推測を口にする。

「もしかして、堂本の旦那に囲われてるの……?」

 否定して欲しいと願った気持ちは、一瞬で否定された。
 薄紅の唇を噛んで、ゆっくり頭が下ろされる。

 肯定の合図。
 納まっていた筈の狂気が、体内を駆け巡った。
 駄目だ。
 にのがいつも教えてくれるおまじない。
 思い出せ。
 狂気に落ちる手前で自分を救う、彼の冷静な言葉。

 ——完璧な復讐には、時間と根気が必要なんだよ。

 忘れるな、自分は一人じゃない。
 こんな僅か前に会った人間の為に、今までの道程を捨てる訳にはいかなかった。
 深呼吸をして、精神を整える。
 大丈夫。
 まだ、自分は此岸で生きている。

「……嫌じゃ、ない?」

 また馬鹿な聞き方をしてしまった。
 囲われて喜ぶ奴なんていない。
 まして彼は、男なのに。
 しかし、首はゆっくりと横に振られた。

「ど、うして……」

 掠れた声で聞いても彼は笑うだけ。
 苦しい事は何もないのだと、世界は美しいのだと肯定する優しい表情だった。

「何で、あんな……」

 重ねようとした言葉は、彼の掌で塞がれる。
 唇に押し当てられた手はひんやりしていた。
 何の音もない筈なのに、慎重に何かを聞いている。
 顰められた眉すら美しいと思って、自分は既にこの人に魅入られたのだと知る。
 金持ちの家に住む男娼だ。
 美しいのは当たり前だった。
 けれど、それだけでは説明出来ない感情がある。
 美しさよりももっと、惹かれる何かがあった。
 何か、昏い感情。
 自分と共鳴するものが、この身体の何処かに存在する筈だ。

 静かな庭で音を正確に聞き分けたらしい彼の肩が、びくりと揺れた。
 怯える仕草。
 見上げた瞳が何かを訴えて、唇を塞いでいた手が自分の二の腕を掴む。
 思い掛けない強い力に怯んで、為すがままに引かれた。
 真っ直ぐ竹林へと自分を連れて行く彼の薄い背中に触れたい衝動を堪えて、日の翳った場所まで素直に付いて行く。
 裸足のままの足の裏が切れてやしないかと不安になった。
 けれど、そんな事は気にならないのかもっと気になる何かがあるのか、足許を気にする素振りは見せない。
 掴んだ腕をそのままに松本の方を振り返ると、敷地の外を指差された。
 出て行け、と言う事だろう。
 彼の焦り方で何が起きたのかは大体分かる。
 自分には聞こえないけれど、恐らく主が帰って来たのだろう。
 素直に手を離して外へと歩き出すと、シャツの裾を僅かに引かれた。

「な、に……?」

 早く出て行くべきではないのか。
 訝しげに彼を見れば、焦った表情のままそれでも真っ直ぐに見詰める瞳が優しく揺れていた。
 喋れたら良いのに。
 そうすれば、すぐに分かってあげられるのに。
 言葉で理解出来る事の少なさを知りながら、でも簡単な疎通手段はやっぱり必要だと思う。

「早く行った方が良いでしょ?」

 縦に振られる頭。
 一度視線を足許に落として、それから意を決したように顔を上げる。
 僅かに釣り上がった目尻に緊張を見て、彼が何かを伝えようとしている事が分かった。
 雄弁な瞳。
 自分も言葉ではなく、首を傾げるだけの仕草で促した。
 小さく息を吸って、音の零れない唇が開かれる。
 読心術等持ち合わせてはいなかった。
 けれど桜色の唇が呟いた三文字の言葉は、正確に伝わる。
 「またね」と象った声なき言葉に頷いて、松本は今度こそ敷地の外へ走り出した。



 光一は急いで美しい庭園へと戻る。
 主は、もう其処まで戻って来ていた。
 竹林を抜けると、深呼吸をして気持ちを整える。
 先刻の混血の青年は、きちんと出て行っただろうか。
 思いながら、耳は全神経をたった一点へ向けている。

「光一」

 呼ぶ声にゆっくりと振り返った。
 洋館と屋敷を結ぶ廊下から、主の声がする。
 愛しい愛しい、唯一の人の声。
 光一の頭から先刻の出来事は消え失せた。

「光一」

 ゆっくりと笑んだその人に、声なき声で応える。
 お帰り、と願いを込めて縁側から上がるとぎゅっと抱き着いた。

to be continued ......
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せっかく再開したので、短いながらも小説を更新してみました。
まともに書くのが久しぶり過ぎます(^^;
とりあえず優しい前向きなお話を、と思ったんですがやっぱり100%明るい話は無理だなあ。

と言う訳で、こんな感じで小説も時々更新出来れば。
プロフィール
HN:
椿本 爽
性別:
女性
自己紹介:
 マイナーながらも光一さんは受けだと信じ続けて生きて来ました。MA+光が大好きだったり。
 紆余曲折ありましたが、ずっとずっと光ちゃんを愛して行きたいなあと思っております。


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